フェデリコ・フェリーニ『81/2』とタロットの関係(3) 女教皇と女帝

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前回記した二類型分類「アウグストと白い道化師」において「道化師に性別はない」としたフェリーニだが、それとはまた別にこの映画の主人公グイドに事寄せて女性を2つのタイプに分類する考えを述べたコメントがある。以下引用。

「グイドは女たちと甚だ決断力のない情緒的関係にある。彼の心は女をはっきり二つに分けて考えるという性向がある。つまり一つは、処女とか、母親とか、奥さんとか、つまり最大限に理想化された女のタイプである。もう一つは売春婦とかいわゆるメス、つまりイヴの最も基本的な姿である。女のこの二つのタイプを一つにすることができないということ — クラウディアに対してそれを彼は非常にギコチなく試みるのだが — それが彼の不幸の理由の一つである。つまり彼には女たちと大人の関係を結ぶことができないのだ。」

取りも直さずフェリーニ自身の女性観を語っている部分もあるのだろうが、前者は「白い道化師」で後者は「アウグスト」類型に対応するものと考えられる。タロットでは「女教皇」と「女帝」の2枚と見てよかろう。占星術における二つの対照的な女性星「月」と「金星」。マルセイユ版には見られないが他にフェリーニが参照した可能性のある下掲のライダー版やモディアーノ社のエジプト風デッキにはしっかりそれと分かるデザインが含まれている。両者の典拠はそれぞれ「黄金の夜明け団」教義とパピュスで別なのだが、「女教皇=月/女帝=金星」の照応に関しては一致している。貞潔な処女神ディアナと奔放な愛の女神ウェヌスのイメージに直結する両極的なペアである。

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『81/2』において両タイプはそれぞれ妻ルイーザと愛人カルラに代表されると見てよかろう。ルイーザ役のアヌーク・エーメはもともとスリムだったがフェリーニはさらに8キロ減量させ、一方カルラ役のサンドラ・ミーロには逆に8キロ太らせたという。演出的に両キャラクターの対照性を強調する意図があってのことだろう。

ではまず「女教皇」=グイドの妻ルイーザ。クールで知的な印象の女性。貞淑な妻である分、夫の不貞には激しい嫌悪感と攻撃性を見せる。グイドのルイーザへの愛情は本物であるが、妻の「道徳家」ぶりにやりきれなさを感じてもいる。愛人カルラとの情事の後グイドが見る夢ではまず母親がハンカチを手に父の墓場で涙を流し、そののち突如妻ルイーザに姿を変える。上掲のフェリーニの言葉どおり、グイドの中で母と妻はつながっているのだろう(母親に関しては改めて「正義」札の回で扱う)。

ルイーザ

花嫁姿のルイーザ

ユング自身のタロットに関するコメントを記録したハンニ・ビンダーのメモには「女教皇」札に関して「月との結びつき」が言及されている(典拠はパピュスの『漂泊民のタロット』)。ベルンハルト博士を介してフェリーニがそれに関したことを聞き知った可能性も想像したくなる。ルイーザの「毎日言うことが変わる」(親友ロセッラの言)という不安定さも月の移ろいやすさに通じている。

面白いことに、ルイーザ初登場のシーンにはアメリカや日本などのバージョンではBGMとして(『アラビアの酋長』の代わりに)スタンダード曲『ブルー・ムーン』が使用されていた(下掲動画参照)。そのままズバリ「月」である。こちらは本国版より後のバージョンなので、フェリーニの意向が反映された「改訂版」と見たい(単に著作権絡みか何かによる可能性もゼロではないが)。

また、もしフェリーニが触れたデッキの中に女教皇を女神ジュノン(=ギリシャ神話のヘラ)に置き換えたブザンソン版系の「1JJ版」が含まれていたとしたら、その嫉妬深さのイメージを拝借した可能性も考えられよう。

1JJ版ジュノン

以下、その他の「女教皇」札的な印象のショット。

ベッドのルイーザ

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ルイーザ以外にも「女教皇」的なモチーフは登場する。温泉保養地にいる修道女たちなどもそうだが、特筆すべきはサラギーナの件でグイドが学校で断罪される場面に登場する聖女のミイラ。顔を覆ってその前から走って逃げ出す少年グイド。妻や母さらには教師たち(女性が演じる)と共に、彼にとっては「神」や「罪と罰」、正義や倫理といった概念の象徴、ひいては一種の恐怖の対象となっているものと思われる。

フェリーニが大女優グレタ・ガルボに対して抱いていたイメージを述べた言葉が面白いので引用しておこう。「…女教師、女性教授、母親の世界に属している人物だと思えていた。常にもったいぶっていて、威嚇的で、批判的で、いつも陰気で、青ざめていた。」

聖女のミイラ

最後に少々毛色は違うが、その透視能力でグイドの記憶から魔法の呪文”ASA NISI MASA”(ANIMA=ユング的なアニマからの言葉遊び)を引き出したマーヤ(魔術師モーリスの相方)もこの札に該当するだろう。神秘的な能力と、黒板に例の呪文を記す姿が書物を手にした「女教皇」のイメージに重なる。

マーヤ

 

つづいて「女帝」=グイドの愛人カルラ。妻ルイーザとは好対照の陽気で享楽的な美女。着道楽で健啖家。グイドとの不倫関係にさほど罪悪感は無い様子であり、愛人グイドに対しては夫への深い愛情を隠しもしないという鷹揚な性格。フェリーニいわく、「グイドにとって、この尻の大きな愛人との関係は、けだるい肉体的快感が基本になっている。」

カルラ

トゥッリオ・ケジチによるフェリーニ伝によると、カルラ役はルーベンスの描いた豊満な女性たちのほかティツィアーノやパルマ・イル・ヴェッキオの描いたウェヌスの絵に基づいてイメージを作ったという。つまりはそもそもが占星術における金星の女神ウェヌスそのもののキャラクター設定であった。

ティツィアーノ「ウルビーノのヴィーナス」

パルマ・イル・ヴェッキオのヴィーナス

マフとカバンを手にした初登場シーンはマルセイユ版女帝札のデザインとオーバーラップする。その直後にはもりもりと鳥肉を食べるシーン(=女帝札に描かれた鳥からの連想?)。フェリーニの「私にとって食べるのが好きな女性とセックスが好きな女性とは密接な関係がある」という言葉を思い起こさせる。口元の付けぼくろも含めて、恐らくはセックス・シンボルとしてのマリリン・モンローのイメージも取り入れてあるものと思われる。

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個人的推測。有名なハーレム幻想のシーンで唐突にカルラがハープを弾くシーンが出てくるが、これはジョヴァンニ・ランフランコ画『竪琴を弾くウェヌス』のイメージに基づいているのではないか。この絵はローマの国立古典絵画館にあり、ローマはフェリーニの根城である。見比べると髪型もよく似せてある気がする。(ついでながら、マルセイユ版女帝が右腕に抱える盾は竪琴を連想させないでもない。)
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ハープを弾くカルラ

以上の両キャラクターは実在の人物を下敷きにしていると言われている。妻ルイーザは当然ながらフェリーニの実生活の妻である名女優ジュリエッタ・マシーナ。非常に信心深く、またフェリーニにとってはいつまでも「謎」の存在であり続けたという。一方のカルラはフェリーニの愛人だったアンナ・ジョヴァンニーニなる女性。「豊満な肉体とファッションの嗜好」がよく似ているらしい。

両タイプの対立は分かりやすく「恋人」札に表されている。(了)

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