フェデリコ・フェリーニ『81/2』とタロットの関係(6) 正義と隠者

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グイド=フェリーニの幼い頃の記憶に鮮明に残る女性たち。特に母、そして祖母。

「正義」=映画中の場面としてはサラギーナの件に関するグイドへの裁きの場。そこに登場する、極めて社会道徳的・倫理的な「白い道化師」サイドの女性たち。

その筆頭がグイドの母。駆け寄る息子を制止して突き放し、ひたすら「何て恥ずかしい」と嘆く。「正義」札とのイメージ照応は見事なもので、椅子に座し、頭には帽子。右手の涙を拭うべく先を尖らせたハンカチが「剣」、左手に提げたチェーン付きのハンドバッグが「天秤」。

グイドの母

厳しかったフェリーニ自身の母がモデルであることは言を俟たない。フェリーニによると非常に信心深く倫理的な女性で、「厳格で、金曜日は肉を断つというような意味で信仰心に篤かった」。夫とは女性問題でよく夫婦喧嘩をしていたという。愛人カルラとの情事の後グイドが見る夢に母が出てきて涙を拭うのも、フェリーニ自身の父母の思い出とつながっているのだろう。

母は息子が聖職者か、そうでなければ弁護士になることを望んでいたという。弁護士、というのも裁判を表す「正義」札を連想させる。

さてその他の「女性」たちもこの場面には登場する。グイドへの裁きの場を取り仕切るカトリック学校の校長。「恥を知れ」と連呼。右手に持つ羽ペンが「正義」札の剣のイメージに通じる。

校長

さらに、グイドを断罪する教師たち。「死に値する罪だ」「信じられない、有りえない」と彼を非難する。

教師たち

注目すべきは、先の校長も含め全員「男装した女性」が演じていること。求めるイメージに合うのがむしろ老齢の女性の顔だったといった旨のことをフェリーニは述べている。フェリーニにとってカトリック的な道徳観・倫理観を表すのに相応しかったのは、母を代表とするこうした女性たちだったのだろう。ちなみに実際にこの手の寄宿学校に入っていたのはフェリーニではなく弟のリッカルドだったそうだが、フェリーニ自身も女子修道会運営の保育園に通っていたことがある。

 

つづいて「隠者」=祖母。「隠者」札のイメージそのままに、頭巾を被り燭台を手にしてベッドに入った孫達を見て回るグイドの祖母。

祖母1

viiii-%e7%a5%96%e6%af%8d2フェリーニ自身がとても懐いていた父方の祖母フランチェスカがモデルであり、この回想シーンの舞台である田舎家も祖母の住んでいた田舎町ガンベットラの家をモデルとしている。フェリーニによると、この祖母はいつも「頭に黒いスカーフ」を巻き、有名なインディアン「シッティング・ブル(男性)のような容貌」だったという。さらには、映画には登場しなかったが雇い人たちへの支配のシンボルである「杖」を常に手放さなかったとも。こういった特徴が「隠者」札とイメージ的に結びついたのであろう。

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シッティング・ブル

この祖母フランチェスカは動物の心を察知したり天気を予見したりする不思議な力を持っていたという。彼女に関してフェリーニは「自分の人生で祖母が最も大きな存在だった時期がある。祖母のいない生活は想像もできなかった」とも言っている。幼少時代に毎年夏を過ごしていたガンベットラの持つ魔術的雰囲気と共に、幼いフェリーニの魂に大きな影響を与えた存在である。(了)

 

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