フェデリコ・フェリーニ『81/2』とタロットの関係(8) 吊るされた男と死神

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創作に行き詰まり追い詰められて二進も三進も行かぬ状況の主人公グイドと、影の如く彼に寄り添い仮借なき言葉の刃を向ける批評家のドーミエ。

「吊された男」は比喩的表現に止まらず、この映画において全切札中最も直截的に引用されたタロットのイメージと言えよう。登場するのは例の、冒頭の悪夢のシーンの最後。車中での息詰まる状況から脱出して自由に空を飛んでいると、いつの間にか足首に地上の仕事仲間が引っ張るロープが結わえられていて、その後空から真っ逆さまに海へ向かって落下。そこで夢から覚める、という流れ。大掛かりにヘリコプターを使って撮影されたシーンである(落とされたのは勿論人形)。

吊るし人グイド

『81/2』にはもうひとつ、この札を連想させるシーンがある。ただし先の逆さ吊りではなく、首から吊るす絞首刑。撮影当時にもイタリア国内で売られていたイタリア国産タロットであるモディアーノ社版がこうしたデザインとなっている。

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件のシーン。あくまでグイドの想像の中での処刑。吊るされているのはこれから扱う「死神」の批評家ドーミエである。

ドーミエの処刑

というわけで、「死神」=批評家ドーミエ。瘦せぎすの骨ばった容貌がそのままタロットの死神を彷彿させる。先述の悪夢のシーンの直後、診察中のグイドの部屋に入って来るのがこの人物である。その後も劇中最初から最後まで頻繁にグイドの側に姿を見せる存在であり、エンディング近くで映画の製作中止決定後グイドが「天啓」を得る際に二人きりで車に同乗しているのもまたこのドーミエ。ベルイマンの『第七の封印』の死神さながらである。

ドーミエ

ドーミエ2

グイドの新作製作に舌鋒鋭く批判の言葉を浴びせかけ中止するよう説き続ける。下の画像は無理矢理お膳立てされた製作発表記者会見で窮地に立たされるグイドを尻目に、皮肉な笑みを浮かべつつ会場を闊歩するドーミエ。

記者会見会場のドーミエ1

記者会見会場のドーミエ2

ドーミエいわく、芸術批評家としての彼の使命は「忌々しくも日々生まれ出ようとして来る無数の出来損ないを抹殺すること」。彼にとって許されざるべき無価値な駄作群の殲滅者。芸術家たちにとってはまさに死神である。

製作中止が決定し、車中で長広舌をふるうドーミエの横でいわば芸術家として一つの「死」を迎えるグイドだが、まさにそこからあの奇跡のようなエンディングでの「再生」が始まることとなる。

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