・『降霊魔術』(酒井潔著)- 昭和6年


 酒井潔(1895-1952)の『降霊魔術』(春陽堂)について。

 出版は昭和6年(1931)4月。奇しくも前回扱った『西洋運命術』と同じ出版社からほぼ同時期(約5か月遅れ)に出版されている。前著『愛の魔術』(国際文献刊行会・昭和4年)と共に日本における西洋オカルティズム紹介の先駆とされており、若き日の澁澤龍彦に大きな影響を与えたことでも知られる。

 本書中のタロットへの言及は第九章「錬金術」に見られ、伝説的錬金術師ニコラ・フラメル(『ハリー・ポッター』シリーズにも登場)に関する部分で少しだけ触れられている。該当箇所の原文を紹介しよう。(旧字旧仮名遣いによる。但しフォントの都合上完全な再現ではない。)


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 初期中世紀の有名な錬金術士に、ニコラス・フラメル(Nicholas Flamel)と云ふのがある。彼はサン・ジヤツク・ラ・ボーシユリ街の代書人であつたが、『猶太人アブラハム』と云ふ至極難解な象形文學の書物を著して、その中で錬金術の秘法を説明して居る。
 此の秘典は紙數二十一枚、表紙を合して二十二枚になる。七枚宛三部に分れ、七枚目毎に餘白がある。所が、不思議なのは、あらゆる神秘と、豫言との源泉と云はれて居る、かの『默示録』もその象徴を七ツ宛三部に分つて居る。そして各部の終りに、必ず天國に於ける沈默があつて、これ等の點甚だフラメルの『猶太人アブラハム』と類似して居る。
 さてこれから秘典『猶太人アブラハム』の解説にかゝるのだが、何分内容は象形文字(殆んど繪畫)で現はされて居る上に、説く事が神秘の錬金術と來て居るから、果してよく讀者に理解して貰へるか頗る怪しいものだが、とに角、出來る丈の説明はして見よう。
 所で『默示録』の七ツの象徴と云ふ事を、最初に説明すれば、
 (1)解かる可き七ツの封印。これは學ぶ可き七ツの不思議
    と、克服す可き七ツの困難を意味する。
 (2)吹奏さる可き七ツのラツパ。これは理解さる可き七ツ
    の言葉を意味する。
 (3)汲み干さる可き七ツの藥瓶。これは蒸發固定さる可き
    七ツの物質を意味する。
と云ふ事になるが、フラメルの著書になると、先づ最初の部分の第七枚目には、かのモーゼの杖がフアラオ(埃及國王)から向けられた毒蛇を屈服さして居る所を表はし、その毒蛇は互に噛み合つて居る。
 此の全體の構圖はタロ(Tarot)七枚目のヴイクターが戰車にエヂプト魔術の、白と黒とのスフインクスを縛り附け樣としてゐるのに類似して居る。
 (1)タロとは中世紀頃各國で行はれたカルタの一種で、普通
    二十二枚あり、其の繪畫は、甚だ奇怪なもので、これを
    以て種々の魔術に應用された。(挿畫参照)
    此のタロ第七枚目を圖解すると、先づ四角の柱を持つ戰
    車の上に天蓋があり、其の中に王杖を持つた貴人が坐し、
    其の戰車に二ツのスフインクスをつけて居る。
    ナンバーは七。文字は Zain 矢を發射する音。意味は、
    戰闘及び勝戰。占星術では、雙女宮を表す。
つまり右フラメル著書第七枚目の象徴は、メイモニデスの教義である。「我等は唯一の豫言者を信ず。そはモーゼなり」と云ふに一致して居る。それは科學と魔法との結合を意味し、又更に、合成分の分解により、又硫黄と鹽との相互作用により發見された、神聖な硫黄を表はして居る。
 次に第十四枚目は、十字架上の眞鍮色の蛇身であつて、十字架は純化された硫黄と鹽との結合を示し、又星の光の凝結を意味する。
 タロの第十四枚目は、地の精である天使が二ツの壺から、金の液と銀の液とを出して、混合して居る圖である。其の二つの混合液がつまりエリキシイル即ち不老長生藥である。
 それから第二十一枚目には、泉のある沙漠と、のたうち廻る蛇によつて、空間と宇宙生活の姿が示されて居る。タロの第二十一枚目では空間は東西南北に依り、人生は輪を描いて亂舞する裸少女によつて現はされて居る。
 この二十一枚目の泉は、恐らくエデンの花園のそれの樣に一ツの源から流出するものであり、蛇の數は四ツ、七ツ、九ツ、十と云ふ具合である。

(※参考画像 フラメルによる寓意画


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 出典は明記されていないが疑いなくレヴィの『魔術の歴史』第五の書・第四章(「錬金術師たち」)であろう。内容がほぼ一致している。(『愛の魔術』にある”The history of magic”というタイトル表記から察するに、仏語原本ではなくWaiteの英訳本を参照したのであろうか。)
 
 上掲引用文中の「挿畫」については少し詳しく記そう。『降霊魔術』表裏の両見返しには共にタロット22枚の線画が印刷されている。明らかにマルセイユ版( タイプ II )系統なのだが、よく見ると他では見られないような特徴がいくつもある。例えば、全体にタイプ II のデザインでありながら「愚者」の札のタイトルがタイプ I 特有の”le Fou”となっていたり、「女帝」の膝の上に何故か三角形が描かれていたりする。

   
『降霊魔術』の「愚者」と「女帝」の図版(拡大)

しかし何より面喰らったのは「星」の札のタイトルが”l’Astre”となっていることであった。通常のマルセイユ版では見たことがない。


同上 「星」の図版

 オリジナルを探る上でヒントとなったのは占星術記号であった。上に掲げた3枚の画像でも確認できるが、酒井本の各タロット画には独特の配属による占星術記号が付されている。あるときこれと同じ配属がWaiteの『タロット図解』巻末にも名の挙がっているEudes Picardの”Manuel Synthetique et Pratique du Tarot” (Paris, 1909)にあるという記述を発見したのである。(R.Decker & M.Dummett “A History of the Occult Tarot”, p184-185)さらに同書によると、”The Encyclopedia of the Occult Sciences” (New York, 1939)にも見られるということであった。
 
 その情報を手掛かりに調査を進め、以下の結果を得た。酒井本の図版は上記”The Encyclopedia…”の仏語原書(Paris, 1925 以下『神秘学全書』と記す)所載のものをそのままコピーしたものだったのである。上掲引用文中で酒井は「戦車」の札に雙女宮=双児宮を配当しているが、図版を見てみると何故か人馬宮の記号が付いている。この矛盾もネタ元である『神秘学全書』にそのまま見られた。作者の単純なミスであろう。(Picardの原書では本文中でもちゃんと人馬宮と記してある。)



『神秘学全書』のタロット図版

 この『神秘学全書』の図版はPicardの原書にあるイラストをさらに描きなおしたものであるようだ。比較してみると、似てはいるが結構違う点もあるのがわかる。そしてモデルとなったPicardによるデザインだが、こちらはスイスのミュラー社製マルセイユデッキをベースにしているものと思われる(20世紀初頭の当時発行されていたマルセイユ版はこれ以外に殆ど無かった)。では実際に三者を見比べてみよう。 

 
左から『神秘学全書』/Picard/ミュラー社製デッキの「愚者」[☆脚註1]
ポイントは地面に生えている植物・切れ込みの入ったゲートル(?)など。

 Picardは加えてPapusの『漂泊民のタロット』にあるマルセイユ版の図版も一部参考にしたように見受けられる。この図版は明らかにNicolas Conver版をコピーしたもので、版木の欠損による線の欠けまでも律儀に再現してあったりする。これも実例をお目にかけよう。特に赤丸部分の共通点に注目されたい。

 
左からPicard/Papus本図版/Conver版の「女教皇」

 何故Picardが直接Conver版を参照したと考えないのかというと、まずは1909年当時Conver版は入手困難だったというのが理由の一つである(Waiteも同年「マルセイユ版は本場でも大都会パリでも見つかることはない」と発言している)。もう一つに、上に記した”l’Astre”という特殊なタイトルの問題がある。私はこれにはPapus本が関係しているのではないかという気がするのである。Papus本のConver図版ではどういう訳かこの札だけタイトルが消えているのだが、実際のConver版のデッキでこのような例を見かけたことはない。この点については今後も調査を続けるつもりである。


Papus本の『星』

 最後に今回のテーマに話を戻そう。上記『神秘学全書』のその他の項目の内容と同じものは『降霊魔術』だけでなく『愛の魔術』にも見られる。当時まだ出版されて間もなかったこの書を酒井は大いに情報源として利用したと見て間違いなさそうなのだが、興味深いことにこの全書、のちに江戸川乱歩も活用した節があるのである。そのことについては本シリーズの戦後篇を御覧頂きたい[☆脚註2]。

☆脚註1
Picard本の仏語オリジナル版ではタイトルが”Le Fou”となっている。Picardがコンヴェル版に見られる”Le Mat”ではなくこちらの名称を採用したのは、恐らく本文中に名の挙がっているエリファス・レヴィらに倣ったものであろう。

☆脚註2
今回触れる機会は無かったが、Picardはいわゆる小アルカナに関しては(恐らくPaul Christian等を参考に)独自のデザインを遺しており、乱歩の回ではこちらが焦点の一つとなる。

※トップの画像
『降霊魔術』(初版本) 函と本体。