・江戸川乱歩『魔術と探偵小説』- 昭和21年

 前回紹介した阿部徳蔵の『とらんぷ』出版後、まもなく日本は大平洋戦争に突入。タロットの普及など望むべくもない時勢となった。

 よって、話は一気に戦後へと移る。今回扱うのは終戦直後の昭和20年代。主役はかの江戸川乱歩(1894-1965)である。

 我が国のプロフェッショナルなタロット占い師としては先駆者的存在であった山田美登利女史や辛島宜夫氏などはそれぞれ早くもこの時期にタロットと接触していたらしいのだが、これらはあくまで偶発的なケースとして捉えるべきであろう。
 私が思うに、この時期の海外から日本へのタロットの「流入」を考察する上でより注目すべきルートは「ミステリー」方面からのものである。「探偵小説」とか「推理小説」と呼ばれるジャンルだが、この時代に斯界の中心人物だったのが件の江戸川乱歩その人であった。

 昭和21年、雑誌『新青年』10月号において乱歩は『魔術と探偵小説』と題されたエッセイを発表する。この中で乱歩はいわゆる「魔術」を民俗学的なもの、神秘学(オカルト)的なもの、そして奇術の三種類に分類し、それらの探偵小説との関係を考察している。蓋し卓見であり、ちょっと引用してみよう。(例によって一部新字体への改変あり。)

「探偵小説はある意味に於て魔術文學であるから、當然これら三つの分野の魔術とも關係を持つてゐる。探偵小説の興味はミステリーと合理主義の兩要素の組合せから成つてゐる。探偵小説の犯罪事件は出來る限り不可思議、神秘、超自然にはじまり、それが結局は一點の隙もない合理的解明に終るといふのが定跡であり、理想型である。民俗學と神秘學はその兩要素中のミステリーの部面に、奇術は合理主義の部面に、夫々密接な關係を持つてゐる。」

 このエッセーの中で乱歩はタロットに言及している。オカルト的な要素を多く自作中に盛り込んだミステリーの大家、J・ディクスン・カーの作品『剣の八』を紹介した部分である。


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 一九三四年作「劔の八」にはタロク・カードの劔の繪の第八のカードが殺された人物の身邊に落ちてゐて、それが全體の筋に異樣な神秘性を與へてゐる。カーはこの作でタロク・カードについて詳しい説明はしてゐないが、他の神秘學書によつて簡單に解説すると、それにはエジプト・タロク、印度タロク、イタリー・タロク、マルセイユ・タロク、ジプシイ・タロクなどいろ\/の種類があるが、カーが用ゐたのは最も普通に流布してゐるエジプト起源のエツテイラ・タロクの内の小タロク・カードの一枚で、劔の第八には八本の劔が矢車型に描かれ、その中央に横線があつて水面を現はしてある。このカードの運命判斷上の意味は財産の公平な分配、遺贈、少女、鉱物などである。
 タロク・カードは普通のトランプのやうにして遊ぶことも出來、運命判斷にも用ゐられるが、本來の意味はなか\/むつかしいもので、多くの學者がこれについて考證を發表してゐる。一口に云ふと周易の算木に似た意味を持つてゐて、イデアと法則を象徴し、全宇宙がこの七十八枚のカードの中に壓縮されてゐるといふのである。各カードには奇怪な象徴畫(例へばエツテイラ・大タロクの一枚には片足を紐で括つてさかさまに木にぶらさげられた人間の姿が描かれてゐる。宗教裁判の拷問の繪に似てゐる)と文字と數字が記されてゐるが、それらは神秘哲學、神秘語學、神秘數學と關連して、宇宙の眞理を象徴し、兼ねてその變化を暗示し、運命を豫言する作用を持つのである。
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[註 「いろ\/」=いろいろ 「なか\/」=なかなか]


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 「タロク」(taroc)という呼称はカーが『剣の八』原文で使用しているものである。同書中で描写される「剣の8」札のデザインは乱歩が記しているとおりだが、これをエテイヤ(=エッティラ)版のものとしているのは明らかに誤りである(リンク先を参照)。

 ではこのデザインの出所は、というと、興味深いことに酒井潔の回でも登場したユード・ピカール(Eudes Picard)著 “Manuel synthetique et pratique du Tarot” (1909)がオリジナルである(☆脚註1)。

 ピカールの原本はフランス語だが、「とある英語の本」にピカールのデザインを基にしたこの札の描写が紹介されている。
“In a star, two swords being on the water level, three below, three above.”

 一方、『剣の八』の該当箇所の訳文はどうかというとーー
「その模様は八つの剣を星形に組みあわせたもので、そのまんなかに、水のようなものを描いてある。」
「八つの剣、八つの剣、二つは水平、三つは水の上、三つは水の下—」
(早川書房刊 妹尾韶夫訳 共にp39) 

 内容がほぼ一致していることがお分かり頂けただろう。参考画像としてピカール原本の挿画を掲載しておく。



         
 付け加えるに、上記の「とある本」によるとこの札の意味は “Condemning Justice”であり、まさにカーも『剣の八』中で全く同じ表現を使っている(邦訳書では「正義の復讐」となっている)。ちなみにピカールの原本では「断罪(Condamnation)」と「正義(Justice)」とは切り離して記述してあるため、カーの種本はこの「とある本」と考えてよい。

 同時に注目すべきは、乱歩が紹介しているこの札の意味が全く別のもの(財産の公平な分配、云々)になっていることである。一体乱歩はどこからこれらを引っ張り出してきたのか。

 種明かしに移ろう。上に記した「とある本」というのが、これもピカール本と同時に酒井潔の回で扱った例の『神秘学全書』(仏1925年)の英訳版、英Grant Richards社発行の”THE BOOK OF FATE AND FORTUNE”(以下、『運命の書』。副題は”AN ENCYCLOPAEDIA OF THE OCCULT SCIENCES”)である。刊行年は1932年、『剣の八』の2年前にあたる。『剣の八』中で登場人物の一人が他の者たちにタロットについて簡単な説明をするのだが、その内容は『運命の書』中の記述と似通っている。また、『剣の八』で列挙されるオカルティストの名はヴィルト、エリー・スター、 バルレ、パピュスとフランス系ばかりだが、これらもフランスの本の訳書である『運命の書』に並んでいる名前と一致している。何より、”taroc”という珍しい呼称が共通しているのも大きなポイントである(☆脚註2)。



  
 また、上記引用文中で乱歩が言っている「他の神秘學書」というのも、実はどうやらこれのことらしい。乱歩はこのエッセイ中の他の箇所で「一万二千冊もの書物解題を収めたアルベール・カイヱの『神秘學書目』」に言及したり、「オカルテイズムの大家イリー・スタアの著書『實存の神秘』」所収の逸話をいくつか紹介したりしているのだが、これらはすべてこの『運命の書』の中に同内容の記述が見出される。Albert CailletもEly Starも共にフランス人で当然その著作はフランス語である。乱歩がフランス語に堪能だったとは聞いたことがないので、個別にそれらの原書を読んでいたとは到底思えない。(それらに英訳書があったというなら話は別だが聞いたことがない。)
 乱歩が「剣の8」札をエテイヤのものと記したのも、この本に数枚分載っている小アルカナの図版がエテイヤ版だからであろう。「剣の8」札の図版は含まれていない。(『運命の書』著者は欄外の註でPicardによるカードの説明と掲載図版のエテイヤ版とがデザイン的に一致しないことを詫びている。)


  
 また周知のとおり、エテイヤ版では乱歩の述べるような通常のデザインの「吊るされた男」は見られない(四元徳の一つ「賢明」に変えられているため)。この誤りに関しても、恐らくは乱歩が『全書』所収の大アルカナ図版を元にコメントしているためと思われる。こちらはエテイヤ版ではなくピカール原本所載の図版をモデルに描きなおしたもの。しかし小アルカナの図版はエテイヤのものと明記されているのに対して、大アルカナの分は出典に関して言及がない。そこにエテイヤ版が「現在最もよく知られ広く売られている」と本文中で紹介されていることもあり、乱歩が誤解したのではなかろうか。



 最後に「財産の公平な分配、・・・」の問題についてだが、『運命の書』で「剣の8」ではなく「銅貨(Pence)の8」札の意味を見てみると、”Fair division of Property. Legacy. Girl. Minerals”とある。ドンピシャである。とどのつまり、乱歩の単なる引用ミスだったのであろう。

 それにしても、乱歩は偶然カーと同じ本に行き着いたのだろうか?あるいは何らかのコネで種本を教えてもらっていたとか。興味の持たれるところである(☆脚註3)。

 戦後の乱歩は自らの創作活動よりむしろ海外ミステリー小説の紹介と普及に力を入れており、中でもディクスン・カーは乱歩が最も評価し愛した作家の一人であった。生憎乱歩の『剣の八』に対する評価はあまり高くなかったものの、大作家カーの作品に登場するという謎めいた「タロク」なるカードに対して、当時の読者たちが興味を持たなかったとは考えにくい。『剣の八』が翻訳出版されたのはかなり遅れて昭和33年(1958)になってからだったのだが、すでにこの『魔術と探偵小説』発表の時点で一般のミステリーファンたちの間にタロットに対する関心の種が蒔かれたものと想像される。(乱歩は昭和25年発表のミステリーファン必読とされる名評論『J・D・カー問答』の中で再び『剣の八』と「タロク・カード」について軽く触れている)。

 乱歩による言及との因果関係はともかくとして、実際彼と縁の深かった二人のミステリー畑の人物が後にタロット研究家としても名の知られた存在になる。
 翻訳家・評論家の田中潤司氏は戦前海外に行っていた遠い親戚からお土産にタロットをもらい、その正体について調べていくうちにミステリー方面に入り込んでいったとのこと。『剣の八』やチャールズ・ウィリアムズの”The Greater Trumps”(1932)を立て続けに読み、デッキや文献の収集も始めたそうである。また、上記『剣の八』の翻訳出版は乱歩監修による早川書房の「ハヤカワ・ポケット・ミステリ」シリーズ中の一冊としてであったが、当時その編集責任を担当していたのが後のミステリー作家・都筑道夫氏であった。

 両氏は後年かの「タローかタロットか」論争に深く関わることになる。

☆脚註1
 ピカールのネタ元を探ると、ポール・クリスチャンによるデザイン描写がこれに近いが水に関する記述は含まれていない。
「八本の剣、剣先を外側に向け、八つの光芒を持つ星を形造る。」(『テュイルリーの赤い男』より)
クリスチャンの書は後世の多くのオカルティストたちに対して直接間接に影響を与えている。例として、19世紀フランスの占い師エドモン・ビヨドーのデザインによる『グラン・タロー・ベリーヌ』とP. F. ケースの『BOTA版』を挙げておく(各リンク先参照)。

☆脚註2
 1913年版Webster辞典の”tarot” の項には “called also taroc” とあるという。しかし一般的にはtarotだったはずで(仏語原本でも”tarot”)、珍しい用例であると思う。もしかすると、当時としては稀少な現役マルセイユ版だったミュラー社版に”CARTES TAROCS”との製品名表記があったことと関係があるのかもしれない(こちらを参照のこと)。

☆脚註3
 『運命の書』は早くも1939年(昭和14年)には”THE ENCYCLOPEDIA OF OCCULT SCIENCES”のタイトルでアメリカの出版社からも出版されている。乱歩が手にしたのもこうした異版だったのかもしれない。

※トップの画像
江戸川乱歩著『随筆探偵小説』(昭和22年初版 清流社)とJ・ディクスン・カー著『剣の八』(妹尾韶夫訳 ハヤカワ・ポケット・ミステリ 昭和33年初版)。
乱歩のは傷み・黄変が非常に激しい。終戦直後の粗悪な酸性紙が使われていることによるものと思われ、時代を偲ばせる。