「黄金の夜明け」団員のタロット — 1

〜前篇 メイザースの小冊子〜

 

1888年と言えばかの「黄金の夜明け」団(以下、GDと略記)創立の年であるが、まさにその年にGD三首領の一人S. L. マグレガー=メイザース(Samuel Liddell MacGregor Mathers)によるタロット入門書「タロット — そのオカルト的意味、占法、遊戯法その他」(THE TAROT, ITS OCCULT SIGNIFICATION, USE IN FORTUNE-TELLING, AND METHOD OF PLAY, &c. )が世に出た。出版者はオカルト関係では名高いロンドンのGEORGE REDWAYである。内容としては主にレヴィやポール・クリスチャン、クール=ド=ジェブラン、エテイヤなどの著書からの寄せ集めであり目新しい情報には乏しいものの、「英国初のタロット専門書」としてそのタロット史研究上の価値は無視出来ないものである。

さて、この作品に関して私が特に興味を持ったのはGDのタロットに関する初期教義——というわけではなく、メイザースがこの書を書く際に参考にしたデッキは何だったのか、ということであった。当時の英国ではタロットが一般には全くといっていいほど普及していなかったのである。

当のメイザース本初版の巻末には「78枚組のパックが私の出版者であるジョージ・レッドウェイ氏を通して入手可能」との宣伝文句が見られる[☆脚註1]。また、かのウェイトの『タロット図解』巻末の文献目録にもこの書が「輸入タロットに添えて売られるために書かれたもの」との情報がある。ではその輸入物デッキとは、何処のどのようなデッキだったのであろうか。


* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *

このブログで度々言及するRonald Decker & Michael Dummettの”A HISTORY OF THE OCCULT TAROT 1870 – 1970″では、メイザース本記載のカードの意味が多数書き込まれたコンヴェル版(5色版)の図版を紹介した上で件の輸入タロットがコンヴェル版だった可能性を示唆しているが[☆脚註2]、もしこれが正しいとすると以下のメイザース本中の記述との間に矛盾を生じることになる。

「現在タロットにはイタリア式、スペイン式、ドイツ式のものがあり、エテイヤの時代以降はフランス式のものもあるがこれはエテイヤの試みた象徴体系の『修正』のせいでオカルト研究にはあまり向かないものになっている。占いや実践オカルト用途にはイタリア式が断然最適のものであるため、この論の基盤としてはイタリア式を用いることにする。あいにく古風な単頭式のカードは今や姿を消してしまっており、作られているのは双頭式のもののみである。そういった事情で象徴体系が改変されている例が少々ある。故に必要な場合には区分をし、省かれたデザイン部分については括弧内に記すことにする。」

1888年当時単頭式(シングルヘッド)のタロットが全く造られていなかった訳ではなくこの点はメイザースの認識不足なのだが、少なくともここからメイザースが説明を加えようとしているのはいわゆる「ピエモンテ版」を代表とする双頭式(ダブルヘッド)のデッキであるということが分かる。この書が輸入タロットの付属解説書のようなものとして書かれたのであれば、そのタロットも双頭式であったと考えるのが自然であろう。

そうしてメイザースによる描写と様々な双頭デッキのデザインを照らし合わせていった結果、候補としてあるデッキに行き当たった。伊トリノ(ピエモンテ地方の中心地)の老舗カードメーカー、ALESSANDRO VIASSONE社のピエモンテ版タロットである。Viassoneは1830年創業、20世紀後半までその名が残っていた大手業者であった。

しかし何分確証がなかったため僥倖を待ち望んでいたところ、ありがたいことに非常に有力な証拠を発見することができた。19世紀末に大英博物館に寄贈されたシャーロット・シュライバー夫人の収集品カタログ(”Catalogue of the Collection of Playing Cards Bequeathed to the Trustees of the British Museum by the Late Lady Charlotte Schreiber”, F. M. O’Donoghue編、1901年ロンドン)にある、以下の記述である。



ご覧のとおり、「S.L.マグレガー=メイザースの『タロット』と題する1888年の小冊子が添えられている」と明記されていたのである。

さて、後にも触れるがViassoneの双頭ピエモンテ版は1880年代中頃に大きくデザインが改変されている。ここからは便宜上改変前のバージョンを「旧版」、改変後の方を「新版」として区別することにする。大英博物館に問い合わせたところ、上記シュライバー・コレクション中の品は「新版」の方であるらしい。しかし、である。メイザースが小冊子中で記述した内容に合致した特徴を持つのは新版ではなく、どういう訳か旧版の方であったようだ。


* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *

まず、メイザースの参照デッキが「双頭ピエモンテ版であった」という大前提についての検証から始めることにする。メイザースの大アルカナに関する記述の中で注目すべき点を見て行こう。メイザースの描写にはレヴィやクリスチャンからの引き写しも混じっていてややこしいのだが、一部ピエモンテ版特有で一般のマルセイユ版系には見られない特徴に関するものがいくつか見られる。参考画像は左がViassone旧版、右が典型的マルセイユ版の代表例としてConver5色版である(上記Decker & Dummettが挙げていたものと同じもの)[☆脚註3]。

※女帝の札の盾に描かれた鷲に関して「胸の上に十字がある」としている。


  

※運命の輪の上部に描かれた「天使」に関して「片手に剣、もう片方に冠を持つ」としている。


  

※愚者に関して「快楽の蝶が目の前で彼を誘い寄せている」としている。(この蝶こそピエモンテ版最大の特徴の一つである。)


  

続いて小アルカナ(以下マルセイユ版の画像は割愛したが、必要であればこちらを参照頂きたい)。メイザースのエースの札に関する記述はこうである。

「4枚のエースは他の札から際立った存在であり、それぞれが言わば各スートの鍵となる。笏(Sceptres)のエースはヘラクレスの棍棒を想起させる。8枚の離れ落ちた葉が周りを取り巻いているが、その葉の形はヘブライ文字のヨッドもしくはIの形を連想させ、また上部には三つの刈られた枝が表す三つ組(Triad)の象徴がある。それは宇宙の立方体の中にある全能の力の象徴である。宇宙の立方体は8枚の葉で示されている。何故なら8は最初の立方数だからである。杯のエースはエジプト起源のものであり、このことはスペイン式のタロットにおいてより容易に見出される。正面の逆M字のような形は元々の装飾であったエジプト風の一対の蛇の名残である[☆脚註4]。これは創世記第一章における天地創造の水を表す。受容と調節の力の象徴である。剣のエースは王冠が載った剣であり、その冠から慈悲と厳格さの象徴としてオリーブと棕櫚の枝が左右に垂れ下がっている。周りには6つのヘブライ文字のヨッドがあり、モーゼの記した天地創造の六日間を想起させる。世界の秩序を維持する正義や慈悲と厳格さの均衡の象徴である。ペンタクルのエースは永遠の統合、可視的宇宙の大いなる全体、均衡した力の現実化を表す。」

太字で示した部分にピエモンテ版の特徴がある。


  
Viassone旧版より棒・杯・剣のエース

次に2の札について。

「また、2の札には独自の特色があり他の数札とは区別されていることが分かる。笏の2は交差して十字形になっており、二つの薔薇と二つの百合が向かい合わせになっている。シャロンの薔薇と谷間の百合の間にある十字である。杯の2はモザイク模様の舗床ないし敷布の上に杯が置かれ、その杯の間には蛇が獅子頭の葉形装飾に置き換えられたヘルメスの杖状のものがある。これはグノーシス派のクヌーピスの蛇や、ある種の元素霊のおなじみの姿を想起させるものである。実践派オカルティストであれば私が何を言っているのかお分かりであろう。剣の2は三原色の神秘の薔薇を取り囲む『魚の浮き袋』(ウェシカ・ピスキス)の形である。ペンタクルの2は8の字を形成するかのように途切れ目の無い帯が巻き付いており一方がもう一方の反映であることを表しているが、宇宙が神の意思の反映であるが如くである。」



Viassone旧版より各スートの2札
 

* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *

さて次のテーマに移ろう。本書におけるメイザースのコメントを検証すると、同じViassone版でも旧版にはあっても新版には見られない特徴がいくつか挙げられていることに気づく。

まず上記エース札の描写にあった棒のエースの「8枚の葉」や剣のエースの「6つのヨッド」。これらは新版には見られない特徴で、メイザースが参照したのが旧版であったことを示している。


   
Viassone新版の棒のエース/剣のエース
 

つづいてメイザースの言う剣の2の「三原色(原文ではthe primary colours)」の神秘の薔薇。三原色とは言うまでもなく赤・黄・青の三色であるが、Viassone旧版はこの記述どおりであることが上掲の画像で判る。他のピエモンテ版は緑・赤・白になっているものが多く、Viassone新版も例外ではない。



Viassone新版 棒の2

そしてさらに大アルカナの「隠者」。以下メイザースのコメントから引用。

「鬚を生やした老人が外套に身を包み、頭を頭巾で覆い隠している。右手には隠秘学のランタンを持ち、左手に握った魔法の棒はマントの下に半分隠されている。彼は『深慮』なのである。」

太字部分にご注目頂きたい。以前ヴィルト版の項で引用したことがあるが、ポール・クリスチャンはこの札に関して「ランプが半分外套に隠されている」と述べている。この表現はパピュスやウェイトも後に借用/言及しているが、一方メイザース本では隠されているのは「棒」の方だと明言されているのである。


  
Viassone旧版(左)と新版(右)の『隠者』

ご覧のとおり、Viassone旧版では右手のランプではなく左手の棒の方が外套(ここでは赤い部分)に隠されている。ちなみに右の画像は「新版」のものだが、杖は完全に外套の外に出ている(他の多くのピエモンテ版も同様)。

さらに「棒/杖」の長さにもご注目頂きたい。旧版の棒が非常に短く、新版の方は恐らくはかなり長いものとして描かれていることにお気づきであろうか。この棒にメイザースは原文で”wand”という語を使用している。この語は『手品師』や『世界』の説明にも現れるが、この2枚に関してピエモンテ版では棒は描かれていない。よってここでは彼の言う「古風な単頭式のカード」を念頭に置いているのであろうが[☆脚註5]、共通して言えるのはデザイン的に全て「かなり短めの棒」ということであり、愚者の持つ歩行杖(メイザースはstickという語を使っている)のような長いものとは意図的に区別してあるものと考えられるのである(ちなみに女帝・皇帝・戦車・悪魔の描写ではsceptreという語が、教皇ではstaffが使用されている)。


* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *

そろそろまとめに入ろう。新旧版の問題に関してだが、私の知る「旧版」の最も新しい例はAlexander Sukhorukov氏のWorld Web Playing Cards Museumにあるもので、1884年9月12日付の税印が見られる。一方「新版」の最も古い例はこちらのページの最上段で紹介されているもので、税印は1885年1月3日付。どうやらこの頃が2つの版の端境期のようである。
上記の、メイザースの小冊子が添えられていたシュライバー・コレクションのものは画像で見るとおり「1888年6月13日」の印を持つ。以上の事実に鑑みて、Viassone発行のピエモンテ版はメイザースの小冊子が出版された頃には新版に差し替えとなってから既に数年経っていた、と見てよかろう。メイザースの記述がむしろ旧版に依拠しているらしきことの理由は明らかでないが、かなり先立って入手していた自分の所蔵品をもとにした、といったところであろうか。

さて、GDの団員が実際にViassone版を使用していた実例も残されている。1891年頃にほんの短期間GDに加わっていた女優モード・ゴンの使用していたタロットの写真がKathleen Raine著”Yeats, the Tarot and the Golden Dawn” (1972年ダブリン)に収められている。残念ながら「塔」の札1枚分だけでしかもモノクロなのだが、Viassone新版と判断して恐らく間違いないと思う。同書をお持ちの方は下の画像と比較してみて頂きたい。また、ネット上でカラー画像を見ることも出来る[☆脚註6]。参考のために旧版の画像も一応添えておこう。


  
Viassone旧版(左)と新版(右)の『塔』

最後に。上に引用したメイザースの言葉で分かるとおり、双頭式デッキを使うのは彼、ひいてはGD団員たちにとっていわば次善の策であった。数年後、彼らはもっと理想に近いマルセイユ系デッキを手に入れる算段をつけたようである。このことに関しては次回に。

☆脚註1 各種あるリプリント版ではこの文句は削除されているようである。

☆脚註2 Decker氏にこの件に関して直接問い合わせたところ、「例のコンヴェル版が仮にオリジナルのRedway社版に付いていたものでなかったとすれば、当時よその出版社から海賊版のようなものが出回っていた可能性も十分に考えられることなので、もしかするとその海賊版に付けられていたものなのかもしれない」との回答を頂いた。

☆脚註3 Viassone版(旧版)の画像は主にAlexander Sukhorukov氏のWorld Web Playing Cards Museumから。コンヴェル5色版は筆者所蔵品。

☆脚註4 レヴィの『魔術の歴史』にある「原始エジプトタロット」の図版を意識しての記述であろう。


レヴィ『魔術の歴史』の「杯のエース」
 

☆脚註5 ここでマザースが参照したデッキが何かは不明。少なくとも小冊子中に言及のあるクール=ド=ジェブランの『原始世界』の図版やW. Hughes Willshireのカタログに収められたフランソワ・ブルリヨン版などは目にしていたはずである(Willshireのカタログについては以前阿部徳蔵の『とらんぷ』E.S.テイラーの本に関する記事で触れたことがある)。


  
Willshireのカタログ所載の「手品師」と「世界」

☆脚註6 アイルランド国立図書館の特設サイトでカラー画像が見られる(「イェイツのタロット」との説明があるが、ゴンが彼に譲渡した、ということか?)。トップページの下部にある”search”で”16th Tarot”というワードを検索すると当該の項目のみがヒットする。さらに”view”をクリックして表示されるページの右下に目的の画像。さらにその画像をクリックすると拡大表示。
ちなみに新版の画像は筆者蔵のデッキのもの。あいにくコインのエースにある税印がにじんでおり年号がはっきり読み取れないのだが、どうも1900年前後の品らしい。従ってデザイン自体は同一でもゴンのデッキとは製造年代的に少々差があるであろうこと(よって色合いも少々違うこと)はお断りしておく。

※トップの画像
メイザース本(初版本)。筆者蔵。