「黄金の夜明け」団員のタロット — 2

〜後編 ウェストコットの書〜

 前回は1891年に「黄金の夜明け」団(以下GD)に参入したモード・ゴンの使用デッキがViassone新版だった、という話で終わった。

 今回の始まりはその翌年、1892年である。この年、パピュスの『漂泊民のタロット』英訳本がロンドンのChapman&Hall社によって出版された(訳者はA.P.Mortonなる人物)。その中で「イタリア式タロット、ブザンソンやマルセイユのタロット」に言及した一節(p89)に以下のような注釈が付いている。

“These Tarots are to be found in Paris, 20 Rue de la Banque, M. Pussey, at 4 francs; and one is published in London by Mr. George Redway, 15 York Street, Covent Garden.”

 注目すべきは後半。”one”が具体的に何のデッキを指すのかは判然としないが、少なくともRedwayが1892年当時にもタロットを販売していたことの証拠にはなろう。

 そしてさらに4年後の1896年。このMorton訳『漂泊民のタロット』は版権が移ったのか当のGeorge Redwayから改めて発売されたようなのだが、この版でも上記の”one is published…”云々の註は変更もなくそのままになっている。ということは、普通に考えるとRedwayは依然としてタロットを商品として扱っていた、ということであろう。しかし、果たしてそれはまだViassone版であったのか。というのも、GD団員たちの間ではこの頃すでに単頭式(シングルヘッド)のマルセイユ系デッキが使われるようになっていたらしき気配があるのである。

 随分と前置きが長くなってしまったが、表題としたウェストコットの書がやっとここで登場する。


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 Redway版『漂泊民のタロット』出版と同年の1896年、メイザースと同じくGD三首領の一人であったウィリアム・ウィン・ウェストコット(William Wynn Westcott)が自らエリファス・レヴィの遺稿の一部を翻訳・編集した『神聖王国の魔術儀式』(”The Magical Ritual of the Sanctum Regnum”)を上梓する。出版者はまたもやGeorge Redwayであった。この書はタロットの大アルカナ22枚に合わせた章立てがなされており、各章の最後には編者ウェストコットが各カードのデザインを描写した短文が附されている。その描写を仔細に吟味するに、これら一連の項を記すに当たってウェストコットはレヴィの『高等魔術の教理と祭儀』に見られる記述をベースとしつつ、部分的にとある市販デッキをも参照していたらしいことが見てとれるのである。


『神聖王国の魔術儀式』初版本扉(江口之隆氏蔵)

 さてその問題のデッキだが、100%断言は出来ないものの十中八九シャフハウゼン(スイス)のカードメーカー「ヨハン・ミュラー2世(Johann Müller II)」が製造販売していたマルセイユ系デッキ(以下「ミュラー版」)であったものと思われる。これはミュラーが権利を買い取ったジュネーヴのFrançois Gassmannのデッキ(以前ヴィルトの項で触れたことがある)を基にデザインされたもので、既に1880年以前から製造が始まっていたらしい。その後、少なくとも1947年の価格表にもまだ記載があったというから、かなりの「ロングセラー」商品であった。
 さらに後年、1972年に今も広く売られている「タロット・クラシック(Tarot Classic)」が世に出るが、これは色使いを改変しただけのリメイク版である。目立った変更といえば数札の隅に追加されたローマ数字と「コインの4」中央のロゴくらいであろうか[☆脚註1]。


Gassmann版/ミュラー版/「タロット・クラシック」

 それでは以下、ウェストコットの記述のうち明らかにミュラー版の特徴への言及となっている箇所を紹介しよう。特に注目すべき点を太字にしておく。さらにミュラー版と(典型的マルセイユ版の一例として)コンヴェル版の画像を附す。

 まずは『女帝』。
「タロット第三の切り札『女帝』は玉座に座った女性の姿を描いてある。十二個の星の付いた冠を戴き、左手には菱形(diamond-shaped)の紋章もしくは宝珠(globe)が載った笏を持つ。彼女には翼があり、その右側にある盾は黒鷲で飾られている。この姿はギリシャのアフロディーテ・ウラニアであり、聖ヨハネの幻視中の『太陽を身にまとい、十二の星を戴き、両足の下に月を踏む』女性像に一致する。」


  

 続いて「皇帝」。
「タロット第四の切り札には冠を戴いた皇帝が玉座にもたれかかる姿が描かれる。右手に笏を持っておりその上端は蓮の花(a lotus flower)になっている。現代のタロットでは玉座が黒鷲[☆脚註2]で飾られている。古いデザインでは皇帝の胴体が大まかに直角三角形を示すように描かれる。そして脚は十字に組まれている。その全体が錬金術師の炉(アタノール)を暗示している」

  

 そして「吊るされた男」。
「タロット第十二番の切り札は吊るされた男と名付けられており、(中略)その絵は両手を背後で縛られた一人の男を描いている。両足首(ankles)のまわりに一本のロープが巻きつけられているのが見られ、もう片方の端は横木にくくりつけてある。そのため数字を上にしてカードを持つと男は両足(feet)から吊るされているように見える」
 これこそ決定的なポイントと言えるもので、伝統的マルセイユ系デッキにおいて「両足」を縛られたデザインはミュラー版を含むごく一部のスイス産デッキにのみ見られる極めて珍しい特徴である[☆脚註3]。

  

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 さて。同じようなデザインであるにも拘らず、何故ウェストコットの参照したデッキがGassmann版ではなくミュラー版と言えるのか。何も時代的な要素だけで言っている訳ではなく、かなり有力な傍証があるからである。前回も言及したKathleen Raineの著書”Yeats, the Tarot and the Golden Dawn” にW.B.イェイツの伯父ジョージ・ポレクスフェンとイェイツ夫人ジョージの愛用デッキのモノクロ写真がそれぞれ数枚分掲載されているのだが、両者共にどう見ても紛う方なくミュラー版のデザインなのである。ポレクスフェンのデッキの方にはGD内陣参入者、即ち位階5=6に達した者のみが知る(ことになっていた)占星術照応に基づいた占星術記号が記されている(「手品師」=水星、「塔」=火星など)。ポレクスフェンのGD参入が1893年12月、5=6昇進が1895年10月ということは、この頃にはもう団内でミュラー版が使われ始めていた可能性がある。

 ちなみにこのミュラー版、1901年頃には色使いが改変されている。上で触れたイェイツ夫人ジョージがGD(正確にはすでに「暁の星」団へと改称していたが)に参入したのは1914年のことだが、Raine本所載の彼女のデッキは(モノクロ写真なので判別しにくいものの)ポレクスフェンのデッキとは色使いの違う「新版」であったことが実際にミュラー旧版・新版と比較すると分かる。Raine女史もポレクスフェンのデッキに付けたキャプションで「イェイツ夫人のものと似ているがより古い版」と明記している。


  
「旧版」と「新版」[☆脚註4]の愚者

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 ところで、上に名前が登場したイェイツ自身の愛用デッキは伊ミラノのカードメーカー・Dottiのものであったらしい。(上掲Raine本にモノクロ写真が掲載されている。また、アイルランド国立図書館の特設サイトではカラー画像が見られる。)このデッキの入手経緯に関してメアリー・K・グリア女史は著書『黄金の夜明け団の女性たち』(”Women of the Golden Dawn”, 1995)の中で「毎年冬にはイタリアに出かけていたアニー・ホーニマンが手に入れてくれたに違いない」と述べている。イェイツとホーニマンのGD参入は同じ1890年である。
 さて、グリア女史は同書においてホーニマンの使用デッキも同じDottiだったのではないかとの推測を述べており、その根拠として彼女がF. L. ガードナーに宛てた1896年11月23日付の手紙を紹介している(p398)。一部翻訳引用しよう。

「タロットカード等に関しては私が自分の経験と実践によって見出してきたものを教えることしかできません。私は月の札『女司祭長』を手に取ってその姿を見、黄金の冠と金縁の赤い法衣を身につけ書物を手に玉座に座る威厳ある女性を思い描きます。(中略)彼女の顔には血色がなく、やや丸顔で、青い眼をしておりとても穏やかで落ち着いています。・・・」

 ここでの色使いの描写がDottiのデッキに合致している、というのが女史の論拠なのだが、私はそれがミュラー版であった可能性も十二分にあるのではないか、と思う。まず手紙が書かれたのが1896年、すなわちウェストコットの書と同じ年である。さらにホーニマンは「冠」を教皇の三重冠を表す”tiara”(Dotti版のはこれ)ではなく”mitre”、すなわちミトラ冠と表現している[☆脚註5]。これはどちらかといえばミュラー版のデザインに近い。(ちなみにここでホーニマンはこの札を”Popess”=女「教皇」=三重冠を戴く者、ではなくGD流に”High Priestess”と呼んでいる。)同カードの色使いに関して衣が赤、冠と衣の縁取りは黄色(=金)、というのはDotti版にもミュラー版にも当てはまる。しかし「顔に血色がなくやや丸顔」という描写についてはむしろミュラー版のデザインの方が比較的それに近いように思える。ただしこの部分はホーニマンのイマジネーションも入り交じっているようであり、どこまでが手にしたカードどおりの描写なのか残念ながら判然としない。よって、結局のところ真相は薮の中、としか言えない。そもそも、ホーニマンが複数のデッキを所有・使用していたことも考えられなくはないのである。


  
ミュラー版とDotti版[☆脚註6]の「女帝」

 ミュラー版は1930年のいわゆる「グリモー版マルセイユ」発売まで、一般に入手可能なマルセイユ系デッキとしては大陸でも稀少なものであった(同じミュラーの出していた「1JJ」版や仏グリモーの“LE TAROT ITALIEN”等もあったが、両者ともにジュノー・ジュピターの札を含む「疑似ブザンソン版」であった)。例えば、いわば「本場」であるフランスでEudes Picardが1909年に発表したデザインは一部にミュラー版の影響が明白にある。1920年のElie Alta著”Le Tarot Égyptien”でも使用された大アルカナの図版は完全にミュラー版準拠であった(本文中にも「シャフハウゼンのスイス産タロット」への言及がある)。
 さらに英国に話を戻すと、1920年6月の「オカルト・レヴュー」誌に掲載された広告にライダー版と並んで「大陸産タロットカード」の広告がある。いわく、「彩色版。カード隅は角もしくは丸。1組5シリング。送料込みは5シリング4ペンス。このタロットカードはフランスやイタリアで一般に使用されている様式のものであり、今回こうしたカードに通じておられる方々の頻繁なお問い合わせに応える形で販売致します」。「カード隅が角か丸」というのがポイントで、これも恐らくはミュラー版のことだったのではないかと思われる。Walter Haas氏の論文”Die traditionellen Tarocke der Spielkartenfabrik Müller”(シャフハウゼン万聖教会博物館発行”Schweizer Spielkarten 2″所載)によるとミュラー版は隅が角形のものと丸く面取りされたものの2種類が商品カタログにあったとのことである。時代的に言ってもその可能性は高かろう。


ミュラー版/Picard/Altaの「世界」


『オカルト・レヴュー』広告(Holly Voley女史のサイトから転載 )


 最後に残った大きな問題はウェストコットたちがミュラー版を発見・使用するに至った経緯であるが、残念ながらこれは不明である。Redwayが途中でViassone版からミュラー版に鞍替えしたのか。あるいはRedway以外の業者経由であったのかもしれない。でなければ、GDの誰かが現地でなり個人的なコネを使ってなりで入手したとも考えられる。今後の課題としておきたい。

[☆脚註1] Gassmann版やミュラー版中央にあるロゴは両デッキのルーツであるJacques Rochias(スイス・ヌーシャテルのカード製造業者)のイニシャル”JR”を表す。Jacques Rochias(1753生-1823没)は複数のタロットを製造しており、当該デッキはそのうちの一つである。イタリアのMeneghello社から”TAROCCO DI MARSIGLIA (Svizzera) 1804″という名で復刻版が出ている。

[☆脚註2]ミュラー版中の鷲のデザインはJacques Rochiasの本拠地であったヌーシャテルの紋章の名残りである。



旧ヌーシャテル紋章

[☆脚註3]現時点で判明している限りでは上記Jacques Rochias版に端を発しGassmann版やミュラー版へと至る一連のデッキのことである。しかし実はこの「吊るし人」のデザインのルーツはかなり古いもののようで、驚くべきことに1557年仏リヨンで作られたCatelin Geofroy版の吊るし人がこれに酷似している。Geofroy版はいわゆる「マルセイユ系」よりも遥かに古いタイプのものである。優に200年以上離れているGeofroy版とRochias版をつなぐ環はまさに「ミッシング・リンク」であり謎に包まれている。よってJ. Rochias版のさらにモデルとなったマルセイユ系デッキが存在した可能性も有る訳である。



Geofroy版/J. Rochias版/Gassmann版

[☆脚註4] 畏友イヴ・レノーの所蔵品の画像。この新版は1990年にAGMüller社が復刻版を出しているが、オリジナルより色合いがかなり濃いめに再現されている。

[☆脚註5] ウェストコットは「神聖王国の魔術儀式」でこの冠を”tiara”としているが、これはレヴィの『高等魔術』での表現を引き写したものと考えてまず間違いなかろう。

[☆脚註6] 使用した画像はMeneghello社によるTeodoro Dotti版の復刻版である。Teodoroの息子Edoardo名義でも同デザインのデッキがあるが、イェイツ(あるいはホーニマンも)のデッキがどちらのものであったのかは不明。

※トップの画像
ウェストコット『神聖王国の魔術儀式』初版本表紙。江口之隆先生の御好意で使用させて頂いた。
なお、今回もAlexander Sukhorukov氏のWorld Web Playing Cards Museumからミュラー版等の画像を拝借している。御両名に深く感謝申し上げる次第である。