ド=メレー伯爵『タロットの研究』抄訳


クール=ド=ジェブランのタロット論と同じ『原始世界』第8巻に収録された、ド=メレー伯爵(ルイ=ラファエル=リュクレス・ド・ファヨル、1727 – 1804)による論考。
正式なタイトルは『タロットに関する、そしてタロットカードによる占いに関する研究』。
クール=ド=ジェブランの論のみならずド=メレー伯爵によるこちらのエッセイも、エテイヤを始めとする後続のオカルティストたちに大きな影響を与えた。

切札22枚を解説するにあたって21番の「世界」から1番の「奇術師」へとさかのぼる形で論が進められ、「愚者」は最後に置かれている。
なお、「愚者」を除く21枚を各7枚ずつの3グループに分け、神話上の歴史区分「黄金時代」「白銀時代」「鉄の時代」に相当させている。

参考に掲げた画像は「原ブザンソン版」ともいえるストラスブールのタロット(ジャン=バティスト・ブノワ版、第2番「ユノー」のみルイ・キャレー版)で、
版木職人フランソワ・イスナールが手がけたもの(「戦車」や「審判」にF・Iのイニシャルがある)。
時代的にも描写との一致ぶりからも、ド=メレー伯爵が参照したものと同一かそれに近いはずのデッキである。


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第一シリーズ 黄金時代

第21番、あるいは最初の札は宇宙を表わす。
楕円形もしくは卵の中に女神イシスがおり、四隅には四季がある。
人または天使、鷲、牛、そして獅子。

第20番。これは審判と題されている。
実際あまり神話学に詳しくない絵師が喇叭を吹き鳴らす天使や
地面から現れ出る人々から復活のイメージだけをこの絵の中に見て取ったに違いないが、
古代人は画中の人々を大地の子供(原註1)と見なしていたのである。
トートは生殖を司る神オシリスや物質に命令を下すメガホンないし御言葉の絵によって、
そして雲からこぼれ出る炎の舌、同じその物質を蘇生させる神の霊(原註2)によって、
最後に至高の力を崇め讃えるために地面から出現する人々によって人類の創造を表現せんとしたのである。
これらの人々のポーズは彼らが裁き手の前に現れた罪人であることを示すようなものではない。

(原註1 カドモスの蒔いた歯など。)
(原註2 我々の聖史家たちによっても描写されている。)

第19番。太陽の創造。互いに自分の手を相手に預け合う男性と女性によって表されている男女の和合を照らす。
これはその後ふたご座やアンドロギュノスのしるしとなった。
「一体となった二者(Duo in carne una)」(訳注1)。

(訳注1 ラテン語。『創世記』第2章24節。)

第18番。月と地上の動物たちの創造。
家畜と野獣を意味する犬と狼によって表される。
この象徴はうまく選択されている。
日の名残りを惜しむかのようにこの天体を見て遠吠えするのは犬と狼だけであるから。
この特徴からして、もしそこに回帰線が描かれていなかったとしたら、
この絵は運勢相談に訪れた者に対し大いなる不幸を告げるものと私は信じていただろう。
すなわち、太陽が去りそしてまた戻ってくるということは、
晴れやかな日やもっとよい巡り合わせが巡ってくるだろうという、]
慰めとなるような希望を残してくれるものなのである。
しかしながら血によって引かれた道を護る二つの砦、そして画面の下端にある沼地は、
依然として不吉な予兆を打破するために乗り越えねばならない無数の困難を示す。

第17番。星々と魚たちの創造。星々とみずがめ座で表されている。

第16番。倒壊させられる神の家。地上の楽園。
彗星の尾あるいは炎の剣で男女がそこから投げ落とされる。
それに合わせて雹も降る。

第15番。悪魔あるいはテュポーン。
第一シリーズの最終札であり、人間の純潔を乱し黄金時代を終わらせる。
その尾や角、長い耳は堕落した存在であることを告げ知らせる。
関節を曲げて上げられた左腕が生み出されたもののしるしであるN字を形成し、
我々に彼が創造されたるものであることを知らせる。
しかし右手に持つプロメテウスの松明で生み出すことを表すM字を成すようにも見える。
実際、テュポーンの物語はこの解釈をすんなり我々に受け入れさせるものである。
というのも、オシリスから生殖能力を奪うことによって
テュポーンは生み出す力の権利を侵害せんとしたといわれているからだ。
また彼は地上に蔓延した諸悪の父でもあった。

彼の足下に鎖でつながれている二者は堕落し支配に甘んじる人間性を表現している。
また頽廃した新しい世代をも示す。その鉤爪は残虐性を表している。
翼(天使の特性ないし特質)が欠けているだけであとは悪魔に全く瓜二つである。
彼らのうち一方がテュポーンの腿に鉤爪で触れるが、
神話学的文書においては常に肉体的な生殖の象徴である(原註2)。
彼は不道徳性を明示するために左手の鉤爪でそれに触れる。

最後に、テュポーンはしばしば冬と同一視された。
黄金時代の末尾にあるこの札は諸季節中の不順な天候を表し、
それは後に楽園を追われた人間に試練を与えることになる。

(原註1 バッカスとミネルヴァの誕生は二つの神話的な生殖の描写。)

[訳注 本文中の「生み出されたもののしるし」=Nと「生み出すこと」=Mに関して。
    ジャン=マリー・ロート氏はクール=ド=ジェブランの記述に則ったものであるとして、
    Nはné”(=英語のborn)、Mは”maternité”(出産、など)の頭文字であることを示唆している。]

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第二シリーズ 白銀時代

第14番。節制の天使が、人間に新たに宿命づけられた死を免れさせるために教えを授けにやってくる。
酒を薄めること、つまりは自分の感情を静めることの必要性を人間に示すために、
水をワインに注ぎ込むように描かれている(原註1)。

(原註1 もしかすると天使の姿勢はブドウの栽培と関係があるのかもしれない.。)

第13番。この数字は常に不吉なものであり、死神に割り当てられている。
冠を頂いた頭や庶民の頭を刈り取るように描かれている。

第12番。人生を襲う災難。足から吊るされた男によって表されている。
彼はまた、それらの災難を避けるためこの世においては深慮をもって
進んで行かねばならぬことを告げようともしている。
「爪先歩きで(Suspenso pede)(訳注1)。

(訳注1 ラテン語。パエドルスのイソップ風寓話集にこのフレーズがある。)

第11番。力が深慮を助けに来て獅子を打ちのめす。
獅子は常に荒涼たる未開の地の象徴であった。

第10番。運命の輪。最上部には冠を戴いた猿がおり、
人類の転落の後に尊厳を与えたのはもはや美徳ではなかったことを知らせる。
上昇する兎と突き落とされる人間は移り気な女神の不公正さを表している。
同時に、この輪は数を使った御籤引きの方法であるピュタゴラスの輪を表してもいる。
この占いはアリトモマンシー(数占い)と呼ばれる。

第9番。隠者あるいは賢者。手にはランプ。
地上の正義を探している。

第8番。正義。

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第三シリーズ 鉄の時代

第7番。鎧を着用し投げ槍を手にした王を乗せた戦車。
青銅時代の紛争・殺人・戦闘を表し、鉄の時代の罪を予告する。

第6番。悪徳と美徳の間で揺れ動く男が描かれるが、もはや理性に従ってはいない。
目隠しをしたアモールもしくは欲望(原註1)が矢を放とうとしており、
彼を右か左へと傾かせようとしているが、それも偶然次第なのである。

(原註1 現世の快楽への欲望。)

第5番。鷲に乗ったユピテルあるいは永遠なる者。
稲妻を手にして地上を威し、怒りのうちにそれを王たちに喰らわせようとしている。

第4番。棍棒で武装する王(原註1)。
そのことに関する無知が後に帝国宝珠を生み出した。
彼の兜は後ろに鋸歯状のものが付いているが、
それはいかなる物でも彼の貪欲さ(原註2)を満足させられぬことを告げる。

(原註1 オシリスはしばしば球やT字形と共に鞭を手に持った姿で表される。
これら全てが結びついて、ドイツのカルタ製造者の頭の中で帝国宝珠が作り出されたのかもしれない。)
(原註2 あるいはこれが怒れるオシリスであるならば彼の復讐心。)

第3番。女王。手に棍棒。
彼女の王冠には王の兜と同じ飾りが付いている。

第2番。権力者たちの慢心。孔雀たちによって表される。
その上でユノーが右手で天を、左手で大地を指し示し、
現世的な信仰あるいは偶像崇拝を示す。

第1番。マギの杖を手にしている手品師。
摩訶不思議の業を行い、人々の軽信を欺く。

愚行を象徴する一枚の特異な札がその後に続く。
袋つまりは己の欠点を背負って歩き、一方で虎つまりは自責の念が
彼の膝の裏に齧りついて罪へと向かう彼の歩みを引き止めている(原註1)。

これら最初の22枚の札はどれもが然るべき順序に置かれ太古の昔の歴史を物語る神聖文字であるだけでなく、
どれもが様々に組み合わせれば組み合わせただけの言葉を形作ることの可能な文字(原註2)でもある。
また、その名(A-tout)はその一般的な用法や特性をそのまま訳したに過ぎない。

(原註1 この札は順位を持たない。聖なるアルファベットを完成するものであり、
補完・完成を意味するタウに対応する。あるいはそういう見地から人間の諸行為の
当然至極な結末を表そうとしたものなのかもしれない。)
(原註2 ヘブライのアルファベットは22文字で構成されている。)